自殺・生きる目的について最近思うこと

  • 2020-09-21
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日本における8月の自殺者数が、コロナによる死亡者数を上回った。

不安を煽るだけのコロナに関するニュースが毎日放送される中、自殺による死亡者数がわずか一ヵ月でコロナによる死亡者数を上回ったのだ。

普段あまり意識されない自殺者数だが、この報道には驚かされたとともに、心とは何か考えさせられる内容だった。

世界では40秒に1人が自殺をしており、年間では80万人にも及ぶ。

生き物の中で自殺を選択する動物は”人間”だけだ。なぜ、動物界のトップに君臨する人間だけが、自ら死を選択するのか?

その答えが絶望や不安であるならば、感情、精神、心とはいったい何なのか、他の動物にはそれらが存在しないのか?よく分からなくなる。

化学が発展した現代において、神の存在を真剣に受け止めている人は一篇もなく、私たち人間は頭が良くなり過ぎたのかもしれないとよく考えることがある。

また、小説を読んでいると、自殺について描かれている作品を目にすることが多い。人間の”心”というものは、私たちが思っているよりも繊細で傷つきやすく、傷ついた心が元通りになることはないのだろう。

 

自殺の理由が絶望だと考えられる一方で、”生きる目的”が無いからだ、という意見もあり、貧しい国よりも豊かな国の方が自殺率が高いというデータもある。

貧しい国では、生きることが目的になるから自殺率が小さいと言われていたり、精神治療薬があまり使われていないからだ、と言われていたりするが、自殺の理由は複雑で、統計を見て解決できる問題ではない。

最近この”生きる目的”につてよく疑問に思う事がある。

それは”価値観の押しつけ”からくるものだと思う。

「人生を成功させるために頑張ろう!」と言った言葉や、「彼は勝ち組だ!」と言った言葉を耳にすると、なぜか自分は興醒めてしまう。

この成功とはいったい何を指しているのか?お金なのか、地位なのか、自由なのか、、そもそも、人ぞれぞれに価値観がある中で、成功に正解など存在するものなのか、、、もし、その答えがお金である世界はなんだか心細さを感じる。

また、自分の考えに合わないものに対する否定的な態度や、お金持ち=偉いと言った態度を見ると、なんとも言えないドライな感情に包み込まれる。

この世には、正解が存在しない事の方が圧倒的に多い。と言うよりむしろ、すべてに答えなど存在しない、、、

私たちがよく口にする、自然な考え(正解)というものは、所詮、大衆の意見やキリスト教に基づいた考えでしかない。それなのに自分の考えや経験のみを通して、相手を否定してしまう事は愚かなことだ。

しかし、現実はどこかで折り合いをつけなければいけない。資本主義に身を置く限り、お金は必ず必要で、誰が望む望まないに関わらず、世界は慌ただしく発展していく。

IT化によるプログラミングスキル、グローバル化による言語スキル、商品を売り込むビジネススキル、

我々のしていることは、皮肉にも人間の本来の姿、本能、本質から外れていっている。この発展にブレーキをかけることはできない。みんな少し休もう、と言っても誰も反応してくれない。そして何もしなければ取り残されるといった焦燥感、不安感に押し潰される。

狩りをして暮らしていた旧石器時代や、250年以上も鎖国が続いた江戸時代にタイムスリップしてみたいものだ。グローバルな世界は広過ぎる。

 

そんな中、夏目漱石か書いた小説”こころ”の中に、このような文章がある (第16章)

「議論はいやよ。よく男の人は議論だけなさるのね、面白そうに。からの盃でよくああ飽きずに献酬ができると思います」
自分に頭脳がある事を相手に認めさせて、そこに一種の誇りを見出すほどに奥さんは現代的ではなかった。奥さんはそれよりももっと、底の方に沈んだ”心”を大事にしているらしく見た。

まさに、ここに書かれている”心”をもっと大切にして生きていきたい、、、

それは、勝ち負けでも、結果でもなく、物事の過程の中にあるのではないかと自分は思う。

結果のみを追い求めていたら、未来の重圧に耐えきれない。結果がついてこないからダメだ、と決めつけてしまっては、途中で投げ出してしまう。

将来ではなく、今という過程の中に意識を集中させることが大切なのだ。