とても奇妙な話①意識と脳の関係

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今回は、中村 文則さんの著書「教団X」がとても興味深い内容だったので、ブログに書いてみました。「僕たちが生きる世界の仕組み」はどうなっているのか?なぜ私は存在するのか…

とても奇妙な話は4部構成となっています。
①意識と脳の関係
②宇宙の始まりとリグ・ヴェーダ
③量子力学と運命
④我々の生きる意味

 

それでは見ていきましょう。

 


 

さて、いきなりですが「意識」とは何だと思いますか?

 

誰もが一度は考えたことがある「私」と言う存在。この「私」について考える意識の仕組みはどうなっているのでしょうか。そもそもなぜ「意識」というものが存在するのか…考えたら不思議に思いませんか?なぜ自分が存在するのか…

 

この「意識」と「脳」の関係について、とても奇妙な話があるんです。

 

 

「意識」が脳の活動によって形成されていることは、イメージしやすいですよね。脳があるから僕たちは考えることができるのです。

もう少し具体的にいうと、脳は千数百億個の神経細胞が、それぞれシナプスと呼ばれるもので接合され構成されており、そこで発生する電気信号で活動しています。この仕組みのおかげで、僕たちは記憶することができ、自分を認識できるのです。

そして、人間の体は全て無数の原子結合で構成されています。脳ですらミクロの世界で考えると原子の結合により形成されているのです。

(ちなみに原子はさらに小さい陽子・中性子・電子からできており、陽子と中性子は、より小さいクォークからできてます)

 

では、なぜこの無数の原子結合(化学反応)から意識が生れるのか?

 

僕たちは自分の頭で考えて行動しています。僕はブログを書こうと思ったからキーボードを叩いているわけで、休憩しようと思うから、休憩するわけです。つまり、自分と言う意識が体を動かしている…はずですよね。

 

しかし、この考えが否定される実験結果があります…

 

それがベンジャミン・リベットという科学者による実験です。

 

 

この実験結果によると、人間は何かしようと意志を起こす時、実はその意志を起こすよりも前に、本人にも分からないところで、すでに脳のある部分が反応しているのです。分かりやすく言うと、自分の指を動かそうとする意志よりも先に、その指を動かす脳の神経回路が反応しているということです。

 

驚きませんか?

 

つまり、私(意識)は主体的に動いているのではなく、脳の活動をただ反映させて動いているに過ぎないということです。今、あーだこーだと考え込んでいるこの私(意識)は、自分がやることを決定したり、何かを思うことも決してないのです。私(意識)が自分をコントロールしていると思い込んでるだけで、実は脳の決定を遅れてなぞっているだけなのです。なんだか怖くなってきましたね。

 

実は、これが意識の正体。私が主体的に脳を動かしているのではなく、脳が私を動かしているのです。信じられませんよね。「私」が「人間」という座席に座って、人間が歩む人生を観客として観ているような感覚です。

 

さらに驚くことに、仏陀(ブッダ)はこの意識の正体に遥か昔から気付いていました。

仏陀は仏教の開祖と言われており、ゴータマ・シッダールタという名前です。日本に住む人なら一度は聞いたことがある名前でしょう。ブッダは紀元前500年頃に生まれ、35歳で悟りを開きました。ちなみに大仏はブッダを大きな銅像にしたものです。

 

 

「悟り」とは物事の真の意味を知ること。あらゆる欲望を無くし、快も不快もない状態。つまり何も考えない「無」の境地。輪廻のサイクルから解脱した涅槃(ニルヴァーナ)の状態。まさに、人間が精神の分野において神を超越している状態です。これは言葉で理解できても脳で理解ができません。

そして、ブッダの経典の中で一番古い「スッタニパータ」という経典があります。そこに興味深い事が書かれています。

 

「われは考えて有る」という「迷わせる不当な思考」の根本をすべて制止せよ

 

これは「私(意識)という存在は、どこにも存在しないよ」と言っているのです。2500年前にです…つまり、仏陀は化学的な実験も、脳の解剖もせずに、ただ意識を見つめて瞑想し続けることで、私(意識)が本当は実体のない存在だと気づいたということです。

 

ここで疑問が生れます。なぜ、脳は私(意識)という存在を作ったのか?作らせざるを得なかったのか?

 

一説によると私(意識)の出現は、爬虫類→鳥類、爬虫類→哺乳類へ進化する過程で出現したとされています。これは、私(意識)という認識があった方が生物として有利だったからです。もし私という概念が無ければ、原子結合の塊に過ぎない人間の記憶に、統一性を持たせることができません。脳が記憶という不思議な仕組みを効率よく行うために、私という意識を作ったのです。なんだか怖いですね、原子さん。

 

 

私(意識)は実体のない存在…となると「私」の存在とはいったい何なのでしょうか。人間は吸収と排泄を繰り返す生き物です。体を形成する原子も1年経てばすべて入れ替わります。ブッダは遥か昔から、人間は入れ替わりながら塊が維持される、原子の結合体に過ぎないということに気づいていたのでしょうか。そこに「個」は存在しないと…

 

もちろん、私(個)は存在しないことが真実だと断言することはできません。「意識は拒否権を持っている」という説や「意識が主体で脳に直接働きかけることができる」という説もあります。本当のことは誰にも分かりません。

 

ただ、こういう有力な説もあるという事を知っておくと、私欲が絡んだ争いなどが滑稽に思えるでしょう。戦争なんかも無くなりそうです。何かくよくよ迷ったとき「あーあ、また脳が悩んでいる。めんどくさいなこの原子の集合体は」と思えるかもしれません。

 

次章では、この「原子」と「宇宙」の関係について見てみましょう。

とても奇妙な話②へ続く…

とても奇妙な話②宇宙の始まりとリグ・ヴェーダ