『武器としての資本論』私たちの魂さえも包摂する資本主義

  • 2020-08-08
  • 2020-09-18
  • Books

 

今回は『武器としての資本論』という本が面白かったので、内容や感想をまとめてみました!

資本主義は我々がたどり着いた、最高で最後の社会システムだ!!

資本主義という素晴らしい?社会システムを理解しようと思っても、資本論は中々難しくて読むことができませんwしかし、この書籍では3冊ある資本論の内容が1冊に凝縮されており、筆者の考えもうまくまとめられているため、資本主義の本質を多少なりとも理解することができます。

富と商品の違い? 労働力の商品化? 相対的余剰価値? 必要労働時間と剰余労働時間? 形式的包摂と実質的包摂?

このカオスな言葉たちの意味も、本書を読むことにより理解できることでしょう!

資本論とは何か?

Karl Marx

資本論、、、この言葉は誰でも聞いたことがあるのではないでしょうか
しかし、何のことなのかと聞かれると、ぼんやりとしか答えることができません。一体、資本論とは何なのか?
ずばり!資本論とはドイツの経済学者であるカール・マルクスによって考えられた、資本主義の本質や仕組みのことを意味します。

マルクスが生きた時代は19世紀です。約200年前の思考なんて役に立たないだろ!と思うかもしれませんが、現代においてもなお読み継がれている書籍なのです。その理由は、マルクスの考えが資本主義社会の本質を掴んでいるからです!

資本論の本文冒頭はこのようにして始まります↓

資本主義的生産様式の支配的である社会の富は、巨大なる商品集積として現れ、個々の商品はこの富の成素形態として現れる。したがって、我々の研究は商品の分析を持って始まる。

はい、、何を言ってるか、ちんぷんかんぷんです、、、 しかし、資本主義を理解していく上で、ここに書かれている、『商品』という言葉がとても重要となってきます。ここでの商品とは、単に食料品や衣服のこと指すのではなく、私たちの労働力なども含みます。資本主義は商品の交換の無限連鎖なのです!

なぜ資本論を学ぶのか?

なぜ資本論を学ぶべきなのでしょうか?

自分が思うには、『我々の生きている世界を、資本制度というシステムが覆い尽くしているから』です。

この世に生きている限り、誰でもが何かしらの経済活動に参加して生きています。そして、労働と引き換えにお金を稼いでいます。この誰もが行っている行為の裏側にある仕組みを理解できるのか!と考えると、なんだかワクワクしてきませんか?

大切なのは、疑問を持ち続けることだ!神聖な好奇心を失ってはならない🤣―アインシュタイン

自分はこの本を読んで、昔チラッと読んだブログの内容を思い出しました。やはり、どの時代においても、たくさんの選択肢を持っているだけで、自分を守る武器になります↓

新自由主義が我々を包摂していく…

 

ん?、、新自由主義?包摂?あまり聞き慣れない言葉なので、まず最初に少し補足しておきます。
新自由主義(ネオリベラリズム)とは「競争原理」「民営化」「小さな政府」「規制緩和」といった自由市場に基づいた考え方で、まさに現在の私たちを取り巻く環境を指します。

もう一方の包摂とは、一つの事柄がより大きな範囲の中に包み込まれていくことを意味し、ここでは新自由主義という概念が私たちを包み込んでいくという意味になります。

さて、世界には皆それぞれの価値観があり、世界には数多くの宗教があります。少し例を上げてみるだけでも、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教などがあります。自分はこの中に資本主義も入るのではないかと考えています。というよりも、無意識のうちに、資本主義が私たちの思考の基準に組み込まれていってしまっているイメージです。

スキルのないやつは価値が低いので賃金が低くて当然だ!!と思っているのなら、新自由主義の包摂が進んでいる証拠かもしれません。このように私達の魂は、すでに資本主義的な思考によって、侵されてしまっているのです。

マルクスは、この資本主義による包摂を、『形式的包摂』と『実質的包摂』に分けて考えています。意味がよく分かりませんね、、ここは大事なポイントなので、例を上げて説明します。

形式的包摂』とは、資本主義社会に見かけ上、関わっている状態を意味します。農家をイメージしてください。農家たちは自分たちが生きていく上で食べるための作物を育てています。そこに商人が来て、この藁で草履を作って私に売ってください!と申し出てきました。農家は了承しましたが、作業の工程や個数は自分たちで好きに決められる状態です。何時に起きて、どこで、どのくらい働くのかは自由です。こういった状態を形式的な包摂と言います。

対する『実質的包摂』とは、資本家によって働き方を決められてしまう状態を意味します。工場をイメージしてください。工場は基本的にシフト管理で、操業時間が決まっています。いくら自分は働きたくないといっても、生産量を決めるのはあなたではなく資本家側です。こういった状態を実質的な包摂と言います。

現代において、ほとんどの人が、自分の生きるためではなく、何か他の商品を生み出すために働いています。つまり、形式的包摂から実質的包摂へと移行してしまっていると言う事です。時代が時代なので当たり前とゆえばそうなのですが、これでは何のために働いているのか、時々分からなくなってしまいそうです。

しかし、この実質的包摂の動きはこれからどんどんと加速していくでしょう!なぜなら生産性を上げるためには人よりも工場で商品を作った方が安いからです。そしてまたコストを下げる、、、、コストが下がると言う事は、実際に私たちの労働価値も下がるということになります。まあ、この生産性を上げてコストを下げることにより、世界はこれまでと比べものにならないスピードで発展してきているのですが、、、いったい誰が得をしているのでしょうか?、、、、笑っている人は誰なのでしょうか?

格差社会を生きる

The Global wealth report 2019 参照

 

これはThe Global wealth report 2019から引っ張ってきた富についてのグラフです。このグラフやピラミッドをみて分かる通り、世界における経済格差はとても大きくなっています。各国における上位10%が占める富の割合は増加傾向にあり、世界の富のピラミッドでは上位1%が43.9%の富を保有しています。全世界で保有資産が約100万円以下の割合は56.6%となっています

これからも資本家のもとに資金は集まっていくでしょう。それが資本主義の仕組みだからです。交渉力のない人間はブラック企業の餌食になってしまいます。

どの時代でも資本家は労働者から搾取します。19世紀のイギリスでは労働者が次々と、過酷な労働により倒れていくので、工場法という法律ができました。これは現在で言う、労働基準法のようなものです。この法律が制定された目的は、個人を守るため!とういうものではなく、働き手がいなくなれば税収が減ってしまう事を危惧し、それを防ぐためにできた法律です。

新社会主義が私たちの魂さえも包摂しだした現代では、昔のように形式的な資本主義に戻るようなことはありません。共同体コミュニティの中で生きていくこともできません。労働者の給料は、どの時代でもギリギリ生活ができる水準に収束していきます。それは資本主義が利益を常に優先して考えるからです。新自由主義の名のもとに、日本企業の特徴であった終身雇用も消え去っていくことでしょう。資本主義のもとでは資本家が有利な方向へと物事が進んでいきます。そして、だんだんと人の温かみは薄れ、全ての価値観はお金へと置き換わってしまうのかもしれません、、、

さいごに…

最後にマルクスの興味深い予言を紹介します。

資本主義が行き過ぎると、どこかで必ず反転がおきる。資本主義はやがて中間層が没落し、終わりを迎えるのだ。そして、共産主義へと向かっていく、、、

資本主義は、商品を生産できる資本家が、生産手段を持たない労働者を使用して利益を追求し続けるシステムです。もし、労働者がいなくなってしまうと成り立ちません。

少数の資本家にのみ資本が集中し、富が集中していくと資本主義はさらに拡大していきます。科学の利用、土地の利用といった発展手段の活用も一段と合理化されていく。世界中の人々がそこに巻き込まれていけばいくほど、独占する資本家は少数になっていく。そして「窮乏、抑圧、隷従、堕落、搾取」の度が増大する悲惨な世の中になっていく、、、、、

 

END